2011-05-15

静音車対策の現状について

明日から4泊の日程で,米国サンディエゴで開催される国連QRTVの第6回会議に出席してきます。(早朝羽田着という太平洋便を利用することにしたら,4泊7日という変な日程になりました^^:)前回会議(1月@ミュンヘン)で国際ガイドライン案の骨子がまとまり,今回のサンディエゴの会議からは,技術規則の制定に向けた検討が始まる段階です。

実は,とある学会から「静音車問題の現状と課題について」の解説記事を依頼され,入稿を終えたところです。というわけで,ちょうどいいタイミングで各国の静音車対策の現状についてまとめた文章ができましたので,blog用にアレンジしたものを公開します。

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1. 日本国内のうごき
まず,日本の状況を振り返る。2009年7月に,学識経験者,視覚障害者団体,自動車メーカ,ユーザー団体等からなる「ハイブリッド車等の静音性に関する対策検討委員会」が国土交通省内に立ち上げられ,2010年1月には「ハイブリッド車等の静音性に関する対策のガイドライン」が公表された。このことはテレビや新聞でも大きく取り上げられ,広く話題となったことは記憶に新しい。

このガイドラインでは,「内燃機関が停止状態,かつ,電動機のみによる走行が可能な電気式ハイブリッド自動車,電気自動車及び燃料電池自動車」を対象として「歩行者等に車両の接近等を知らせるため(中略)車両に備えるための発音装置」(車両接近通報装置)の要件を示すものである。

ガイドラインでは,この装置に以下のような要件を求めている。
  • 「少なくとも車両の発進から車速が20km/hに至るまでの速度域及び後退時おいて,自動で発音する」
  • 装置を一時的に停止させる一時停止スイッチを設ける場合には,「停止された状態のままにならないような設定とすること」
  • 発音される音の種類については「車両の走行状態を想起させる連続音」とのみ示され,各社の設計に自由度を持たせている
  • 音量についても,「内燃機関のみを原動機とする車両が時速20kmで走行する際に発する走行音の大きさを超えない程度」とのみ示されている

2. 各国のうごき
静音自動車の問題は米国でも大きく取り上げられている。しかし,欧州では,現時点ではメーカによる対策の動きはあるものの,行政による大きな動きは見られない。

米国では,視覚障害者団体等の要請を受けて調査が開始され,2011年1月には,車両の最低騒音レベル規制等を検討する「歩行者安全強化法」が成立した。この法案は,静音車両による歩行者の危険性に対策を講じるもので,米国運輸省道路交通安全局(NHTSA)に対して,
  • 18ヶ月以内(2012年6月まで)に発効すること
  • 発効から3年以内に対象車種に適用させること
を義務づけている。装置の要件として,一時停止スイッチの禁止や,速度変化が分かる事などが示されている。


3. 国連の専門委員会での議論
国際的には,国連欧州経済委員会(UNECE)自動車基準調和世界フォーラム(WP.29)の騒音専門分科会(GRB)内に,静音車両インフォーマル会議(Informal group on Quiet Road Transport Vehicles; 略称QRTV)が設けられ,この問題についての議論が行われている。QRTVに課せられた課題は,この静音自動車の問題についての具体的な議論を行い,上位委員会であるGRBへの提言をまとめることである。QRTVならびにGRBでは,2011年2月までに自動車業界が統一的に使用できる短期的対策を,2012末から13年初頭には中期的な対策を示すというタイムラインに沿って検討が続いている。

2011年1月のQRTV第5回会議(@ミュンヘン)までに,現時点で唯一の国レベルの具体的対策である日本のガイドラインをベースとした国際的ガイドライン案が議論され,2011年2月に行われたGRBにおいて車両構造に関する統合決議(RE3)に掲載することが提案された。2011年5月のQRTV第6回会議(@サンディエゴ)からは,国際技術規則(GTR)の制定に向けた検討が予定されている。

2011-03-17

避難所ならびに仮設住宅での音の問題について

このたびの東北地方太平洋沖地震の被災者の方々に心からお見舞い申し上げますとともに,一刻も早い被災者の方々の救出と復興をお祈り申し上げます

この災害に立ち向かえる音響学の知見として,避難所および仮設住宅での音の問題に関する調査を紹介します。無論,現時点(3月17日)の東北地方の避難所で必要なのは生き抜くための支援で,この話は役に立ちません。この情報は,これから避難者を受け入れる非被災地の避難所や仮設住宅提供者を対象に考えています。

注)以下の知見は,福島大学の永幡幸司准教授らによる一連の研究によるものです。本来,彼の手によって社会に紹介されるものですが,彼自身も被災者として今は家族の生活を守っています。


  • 避難所での音の問題
2004年の新潟県中越地震の避難所において,避難所における音の問題が調査が実施された。調査は,翌2005年8月に山古志村民を対象としたアンケートによって行われ,68名から有効回答(有効回答率83.1%)を得ている。

「音のことで困ったことがある」と回答したものは,27名(39.7%)である。ただし,「お互い様だから(中略)しょうがない」「音の事で困らなかったわけではないが,状況を考えたら仕方がない」などの回答もとも少なくない。

地区別に比較すると,半数程度のものが音の事で困ったことがあると挙げている地区があるのに対して,誰も挙げていない地区もあった。前者は大きな地区からの避難者全員が1つの体育館に避難するという避難形態であり,後者は小地区ごとにとまって一部屋に避難する避難形態であった。ここからは,ふたつの事が見えてくる。一つは,避難者相互の社会関係性の維持の大切さ。そして,体育館のような大空間の音環境の粗悪さ。

また,音環境に関する不満は,他の生活環境要素(生活空間の広さ,温度,明るさ,におい,風呂,トイレ等)に関する不満と比べて,不安感,不愉快などのストレス関連項目に強い関係性があることも示されている。さらに,ストレス関連項目と音環境についての愁訴の関係から,避難所の音環境を改善することで,避難所生活において感じられる不安,不愉快,ストレスを軽減できる可能性が高いことが示されている。


  • 仮設住宅における音の問題
上記の結果は避難所における生活環境であるが,仮設住宅における音の問題はどうであろう?

先に紹介した2005年の調査の翌年,2006年8月に仮設住宅に住む避難者に対して行われた調査では,音の問題について45.9%の回答者が愁訴した。音の問題は,生活環境に対する設問の中で4番目の愁訴数であり,生活空間の広さや設備の問題といった仮設住宅そのものに対する愁訴と比べると愁訴者数が少ない。この傾向は,避難所における生活環境に対する愁訴の場合と同様である。

また,過去に行われた,阪神淡路大震災と雲仙火山災害の避難者調査から,このような仮設住宅における音の問題の愁訴の多寡は,単にアパートやマンションなどの居住経験といった要因による可能性が指摘されている。しかし,旧山古志村の被災者については,アパートやマンションなどの居住経験は少ないにも関わらず,音に対する愁訴率が低い。これは,旧山古志村民の仮設住宅への入居にあたっては,村での集落の機能が仮設住宅でも活用できるよう考慮した部屋割りとなっていることが影響していると考えられる。

騒音問題の社会的性格を考慮すると,こうした住民の社会関係のあり方を考慮した部屋割りが,仮設住宅における騒音問題を一定程度緩和する役割を果たすとしても,おかしくはないだろう。故に,入居後の仮設住宅での社会関係のあり様を十分に考慮することが大変重要であることが見えてくる。

受け入れ側の設備の都合のみでなく,入居者や避難地区全体を考慮した受け入れ態勢の整備が望まれる。


  • まとめに代えて
こんな話まだまだ早い,音なんか気にするどころじゃないんだ,とお叱りをいただくかも知れません。前述の通り,これから避難者を受け入れる非被災地の避難所や仮設住宅提供者に知っておいていただき,考慮に入れていただきたい知識です。恐らく,これから受け入れ態勢が整えられていくと考えますので,その過程において役立つ事を願っています。


[参考文献]
Koji Nagahata, Hideyuki Kanda, Tetsuhito Fukushima, Norio Suzuki, Megumi Sakamoto, Fuminori Tanba, Shin-ya Kaneko, "What impact do acoustic environment problems have on the stress suffered by evacuees at temporary shelters?,", Acoustic Science and Technology, 30(2), 110-116, (2009).

Koji Nagahata, Norio Suzuki, Megumi Sakamoto, Fuminori Tanba, Shin-ya Kaneko, Tetsuhito Fukushima, "Acoustic environmental problems at temporary shelters for victims of the Mid-Niigata Earthquake," Acoustic Science and Technology, 29(1), 99-102, (2008).

永幡幸司, 鈴木典夫, 坂本恵, 丹波史紀, 金子信也, 福島哲仁, "新潟県中越地震の避難所における音の問題について," 日本音響学会講演論文集, pp. 809-810, (2006.3).

永幡幸司, 鈴木典夫, 坂本恵, 丹波史紀, 金子信也, 神田秀幸, 福島哲仁, "震災避難所における音の問題とストレスの関係," 日本音響学会講演論文集, pp. 889-890, (2007.9).

2011-01-07

米国の歩行者安全強化法の抄訳

米国で1月5日,オバマ大統領の署名によって,歩行者安全強化法(Pedestrian Safety Enhancement Act of 2010)が成立しました。この法案は,電気自動車やハイブリッド車(EV/HV)などのいわゆるQuiet Vehicle(静かな車)による歩行者の危険性に対策を講じるもので,米国運輸省(NHTSA)に対して,視覚障害者やその他歩行者に車両の通行を気付かせるための自動車の安全基準を策定するよう求めるもの。

gobtrack.usより法案が入手できるので,以下に山内による抄訳を掲載します。

※この法案は,2010年12月17日に米国下院本会議で可決された。上院ではそれ以前に可決されており,2011年1月5日に大統領の署名を経て成立したもの。本文章は,2011年1月6日現在でgovtrack.usに登録された最新版であり,両院で可決された最終議決版のテキストに基づく。

※要点としては,この法案成立によって「NHTSAが18ヶ月以内(つまり2012年6月まで)の基準策定に向けて動く」ということ,「具体的な音の要求事項等は規定されておらず,これから検討される」ことでしょうか。また,法案中の協議要求などにも視覚障害者が明記され,NFB等が依然強い影響を持っていることが伺い知れます。

※不慣れな法令英語なので,助詞の解釈など誤訳の可能性はあります。ただ,技術的なところで多くの人の参考になると思いますので公開いたします。(誤訳の指摘など頂ければ幸いです。)



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Section 1. 簡易名
    この法案は,歩行者安全強化法と呼ぶ。



Section 2. 用語

    ・alert sound: 歩行者に車両の存在,方向,位置,動きを意識させるために自動車から発せられる音
    ・cross-over speed: タイヤノイズや風切り音などのその他の要因が大きくなり,alert soundの必要性がなくなる速度
    (他の語は省略)


Section 3. 車両に装備される音の最低要求事項

    (a) 基準策定- 法案成立後18ヶ月以内に,以下のような車両安全基準の策定作業を開始すること
      (1) 視覚障害者やその他歩行者が近くを走行するEV/HVを無理なく検知できるalert soundの要求性能を定める安全基準
      (2) 新しいEV/HVには,本項による車両安全基準の要求事項を満たすalert sound を装着することを求める安全基準本項による車両安全基準では,運転者もしくは歩行者にalert soundの起動を要求せず,歩行者が近くを走行するEV/HVの走行状態を無理なく検知させることができるものを求める。自動車メーカーに対しては,各車両が車両安全基準に従う1つもしくは1セットの音を装着することを要求できる。さらに,同一の音セットを同一モデルの全ての車両に装備すること,メーカもしくはディーラ以外の第三者が音を停止,改変,変更できる機能の装備を禁止するよう要求できる。この車両安全基準は,法案成立後36ヶ月以内に交付される。

    (b) 検討事項- 規則制定に際して,以下の検討をすること

      (1) 視覚障害者やその他歩行者が近くを走行するEV/HVを無理なく検知できる音を装備すべき車両が発する最低音圧レベルを定める
      (2) 車両の走行状態を認識できるalert soundの要求性能を定める
      (3) 地域騒音への総合的な影響を検討する

    (c) 段階的導入- (a)項に従う車両安全基準は段階的施行期間を設け,公布後3年度目の9月1日からの遵守を求めること。

    (d) 協議- 必要な調査と規定の制定のための協議の際には,以下の各団体と協議すること

      (1) 環境保護調(EPA)(既存の騒音基準との一貫性について協議)
      (2) 視覚障害者団体
      (3) 自動車メーカおよびその代表団
      (4) SAE, ISO, UN/ECE/WP.29などの工業規格団体


    (e) 調査および報告- 法案成立後48ヶ月以内に,大臣は調査を完了し,(a)項の車両安全基準を従来車両(エンジン車)に適応する安全上の必要性があるかどうかを報告すること。必要がある場合,従来車両にも拡張した規定の制定を行うこと。



Section 4. 財源
    200万ドル(約1億7千万円)が用意される。