2010-09-27

国連自動車基準世界フォーラム/低騒音車作業部会(QRTV)での研究紹介にむけて

昨日,午前中にOktoberfestに行き(開幕後1週間で4回目!!),1 Maß(1リットル)のビールを飲んでからICEに6時間揺られてベルリンに来ました。今日から国連自動車基準世界フォーラムの低騒音車作業部会(QRTV)に参加し,研究紹介をする予定です。

ご存知のように2010年1月に,日本の国交省から「ハイブリッド車等の静音性に関する対策ガイドライン」が示されています。国連自動車基準世界フォーラム(UN/ECE/WP29)でも静音性対策が2009年3月に検討事項に採用され,その作業部会である低騒音車作業部会(Workgroup on Quiet Road Transport Vehicle; QRTV)で具体的な議論が進められています。

その中で,一人の音環境を考える音響学者として,どのような主張をしてくるつもりなのか。決意表明ではないですが,ここに書いておきます。

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そもそも僕自身は,人工的に音を付加する解決を最善の策とは考えていません。基本的には,より静かな音環境を提供することが,このような静かな車の音を聴き取るために重要であり,それが長期的,本質的な解決であると考えています。

なぜなら,このような低騒音車(HV/EV)は無音ではありませんし,また静かな環境は全ての車両(既存のガソリン車や自転車を含む)の挙動を聴き取りやすくします。加えて,このような環境は補聴器利用者などの静かな環境を必要とする人々にとってもメリットの多いものです。

ここで言う「静か」というのは単に騒音レベルが低いだけの状態をさすのではありません。その環境を構成する音のそれぞれに耳を傾けて聴き取ることができる,整理された音環境〜つまりハイファイな音環境※〜であることが重要です。低騒音自動車の存在によって自動車騒音環境について社会的な注目が非常に高くなっている今は,そのような豊かな音環境を創造していける大きなチャンスでさえあると考えています。
(※このハイファイな音環境というのはサウンドスケープ思想の中で最も重要な考え方のひとつです。)

しかしながら,このような音環境は一朝一夕に実現できるものではありません。それまでの短中期的な解決策として,音を付加することによる解決策は検討されるべきであると考えています。


さて,日本の国交省のガイドラインでは,車両接近通知装置の装着が推奨され,エンジン音のような,車の走行状態を想起させる定常的な音が鳴らされるべきであると記されています。その音量については,通常のガソリンエンジン車が20km/hで走行するレベルを超えないこととされています。

しかし,ここに僕は疑問を呈したい。
「この音量は,車の存在認知のために必要十分な音量であるのか?」
「エンジン音が,車の走行状況を聴覚的に理解するために最良の音なのか?」

ガソリンエンジン車のエンジン音を基準とする十分な理由はあるのでしょうか。むしろ,車の音としての聴取印象と音響特性との対応関係を十分に理解して,それに基づいたデザインが必要であるはずです。「聴き取りやすい」「気づきやすい」「うるさくない」音デザインには,どのような音響特性を持つべきでしょうか。どのような音響特性が,車の接近,加減速,前進後退などの挙動を想起させるのでしょか。

私はこのような音響心理学的対応関係を明らかにする研究を行って,未来の車の音デザイン,また車にまつわる音環境デザインに繋げていきたいと思っています。決して,安易な音付けによって未来を低劣なものにしてしまわないためにも。

今回紹介するのは,「気づきやすさ」と「音量」に関する研究です。非常にシンプルな設問:『様々な音環境下で,自動車の接近に気づくためにはどれくらいの音量が必要?』です。僕たちのグループでは,音響心理実験によって自動車の接近報知音に求められる音量を検討しました。


blogでは実験方法,結果の詳細は省略します。(ご興味ある方はご連絡ください。資料論文をお送りします。)この実験の結果は以下のようにまとめられます。
・接近報知音に求められる音量は環境騒音レベルに依存
(うるさい環境では,より大きな音が必要)
・求められる音量は,環境音の質によっても異なる
(道路交通騒音が主な環境より,音楽や音声が多い街中ではより大きな音が必要)
・「最低限聞こえる音量」と「車両の接近に気づくためにちょうど良い音量」の差は10〜16dB
(ある環境下でちょうどいい音量は,10dB程度うるさい環境下では聴き取れない可能性が高い)

この結果から,日本のガイドラインで推奨される音量(ガソリン車の20km/h程度での音量=55dB程度)は,60dB程度までの比較的静かな環境下では聴き取ることが可能で効果を発揮できますが,それ以上うるさい環境下では意味を成さないと予想されます。しかしながら,70〜80dB(騒々しい交差点など)の環境下でも機能する音量を,今回の実験結果から予測すると,65〜75dBもの音量となり。これでは,道路交通騒音は現状よりうるさくなってしまうでしょう。


ではどうするべきか?
僕の意見としては,現在の日本のガイドラインよりちょっと大きいくらいが効果的であると考えます。ただし,人工音を付加するという前提で音量設定基準を議論するのであれば,です。

先述したように,これは短中期的な時限的方策として示されるべきだと考えます。特に,国連自動車基準世界フォーラムのような影響力の大きな機関から,「時限的であること」が明言されることは重要でしょう。時限的な方策として,弱者の安全,安心を確保しながら,腰を据えて本質的な未来の車の音デザインまた車にまつわる音環境デザインを健全にサポートする基準を議論することが必要と考えます。

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国連の作業部会ですので,各国の政策や関連業界の思惑が渦巻いています。その中で僕がどこまでの役割を果たせるかは分かりませんが,いっちょ頑張ってきます!

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